INFORMATION INTRODUCTION STORY CAST STAFF DIARY
 思えば三年前、偶然にカメラ助手募集の話を聞きつけた瞬間から、私の人生が変わり始めた。沖縄ロケのカメラ助手として参加した『Revival Blues』は、人生の再生を描いた映画だが、映画の内容どおり私の生き方を変える作品となった。オーバーに聞こえるかもしれないが過言ではない。そのぐらいガニオン監督のあの時の採用の決定が今の私に影響を及ぼしている。以下記録と記憶を頼りに振り返る沖縄娘が語る三年前の撮影の日々。
2001年12月、沖縄。
 私は大学生活中友達とともにDVカメラで2、3自主制作で短編作品を撮るなど、映像製作の面白さに夢中になっていた。しかし大学卒業も間近にせまり、普通大学だった私は映像の道に進むか、否かで揺れていた。正直、「まずは一般の会社に就職しなくては」と諦めかけていた。
 そこに、沖縄ロケが数日ある映画の、カメラ助手を募集していると友達に聞き面接へでかける。助監督の山田さんと打ち合わせ、脚本を読んでからやりたいか否か聞かせてほしいとのこと。
 さっそく脚本を読む。台詞が書いて無いこと、静かな物語、沖縄の描き方がステレオタイプでないことにまず驚く。今までに見なれた映画とは明らかに違う。気に入るか気に入らないかよりも先に、どんな映画になるのだろう、観てみたい、と思う。さっそく山田さんに連絡をとり監督との初対面に挑む。
 今回の撮影はフィルム撮影ではなくmini-DVカメラを使用するため、監督はカメラマンを雇うことをせず、監督自らカメラマンを兼ねると聞いた。だから助手とはいえ重要な役割に違いない。特に男子に較べて体力自慢でもないしカメラ助手としての経験もなく、英語も片言でしかない。いくら初心者歓迎といっても断られるだろうな、と思いつつガニオン監督との初対面に挑む。監督と片言の英語で少々脚本や使用するカメラについて話すと、即「OKよろしく」の一声。構えていただけに拍子抜けしたが、チャンスがきた、あとはやるのみだと決心する。
12月15日
 撮影初日。ロケ地は那覇のそば屋さん。現地に到着するとガニオン監督がフレームをきめてカメラ位置、モニターの位置を決定。ここまでの段取りは前の日にガニオン監督とのミーティング、大先輩の録音技師の川嶋さんから教えていただいた具体的なやりかたなど、昨夜徹底的に頭に入れてきたのでばっちりだ。と思ってモニターを死角になる流し台のそばに設置しようとすると、勢いあまってコードの先端が流しに溜まっていた水の中へポットーン!
 撮影初日、撮影始まって一時間たらずで早くも初ミス!これって記録的かも?とか思いながら身体は固まっている暇はなく、川嶋さんの指示に従って丹念にタオルで拭き、事なきを得た。周りのお店のおばさんの「大丈夫でよかったね〜」スタッフの皆さんの「気にするな〜」という言葉があったかく、「よし、失敗を引きずらないぞ」と心を入れ替えることができた。場所を変え、この日の撮影は無事終了。撮影終了後内藤剛志さん・スタッフみんなでそば屋さんで乾杯。ビールが美味い!と早くもリカバー。
12月16日
 撮影二日目。沖縄メインロケの洋介のバー。バー「Cuss Cuss」は沖縄の桜坂にある実在のバーで、撮影前も私もよく通っていたおすすめのバー。撮影は狭い店内で多いエキストラ、大変だったけど照明の櫻井さんの度々かますジョークに張りつめた雰囲気もほぐれ、無事終了した。ついでだが、櫻井さんはアシスタントの照明スタッフが現地につくまでなんと1人でバーの照明の仕込みをしており、それを手伝ってくれていたのが当時のバー「Cuss Cuss」の店員さん。彼はなんと後にライトマンになるべく櫻井さんについて東京に上京し、現在も東京でがんばっている。が、きっとこの時の彼には、将来こんなことになるとは知る由もなかっただろうな〜、と思う。
12月17日
 洋介の自宅シーン。バーの店長のケンジさんの自宅をお借りした。コンクリートの雰囲気といい、かなりいい味だしている。屋上のテラスは、美術の青池さんが一から丹誠込めて造り上げたもの。数日で作りあげたとは思えないできばえ。この日は健の訪問シーンを撮影。狭い階段を登るシーン、限られたスペースでどう撮るのかと思ったらクロード監督自ら細〜い手すりに足を絡ませ身を乗り出してのハンドヘル撮影。スタッフ一同ひやひやしながら見守り、無事終了。ほっ、と一息。ガニオン監督のど根性にスタッフ一同大拍手。
12月18日
 3日目。5時45分集合で実家近くの公園で気功シーン、後に市役所での婚姻届けのシーン。市役所で、高校の同級生のえっちゃんと偶然再会。やっぱり沖縄は知ってる人が多いな〜、と思う。「Cuss Cuss」でのエキストラにも、お願いした知人の他に偶然知り合いがちらほら。映画の初めのシーン(健の登場シーン)での撮影でも通りがかる人の中に知り合い発見。20数年沖縄で生きていると、初対面でも、話をするとどこかで必ず自分とつながりがある。都心で過ごしていると忘れられがちな「人とのつながり」。沖縄では日常茶飯事の風景だ。初仕事ということで会う人ごとにたくさんの応援メッセージをもらった。この場をかりてありがとう。
12月20日
 沖縄でのラストカット。病院でのシーンを終え、皆で記念撮影。天候は見事に晴れて沖縄の夕日が眩しい沖縄ロケスタッフ写真が撮れた。さて当初の予定では沖縄のみのカメラアシスタントとして雇われた私だったが幸か不幸か(私にとっては120%幸福)東京在住のカメラアシスタントがその時点で未定で、数日後、引き続き東京でのお役目も担う事になった。当時12月末の時点で大学の卒業論文を仕上げていなかった私だったが、即「オッケー」したことはいうまでもない。ちなみに撮影後無事卒業できました。先生ありがとう。
12月X日
 沖縄娘ひとり大都会東京に到着。かなりの方向音痴を自負する私を心配してかスクリプターの美恵さんが駅近くまで迎えにきてくれる。美恵さんも私と同じく、スクリプターのお仕事は初めて。しかしフランス語英語日本語ともにパーフェクトな語学力を持つ。話してみるとかなり気さくなお姉さんって感じでお互いにビール好きなことから撮影中は腹を割って話せる飲み友達になった。
 思えば美術監督の青池さんも、助監督の山田さんもこの『Revival Blues』での仕事がそれぞれの美術監督、助監督ともに初挑戦だ。
 ガニオン監督は、一度「この人だったら大丈夫」と思ったら、若年者であろうが素人であろうがとことんまで信頼して仕事を任す。他のベテラン監督さんはどうかしらないが、経験を積めば積むほど、危険を伴う新しい挑戦を避ける傾向にあるのではないか。『Revival Blues』では数少ないメインスタッフ、中でも演出組は監督をのぞいてほぼ全員その道では素人だ。このようなギャンブルをしてくれた監督に感謝する以上に、「映画監督」という職種を越えて人間としての器の大きさを感じずにはいられない。
12月23日
 東京撮影初日。加代のバーとなる新宿二丁目「dmx」での撮影。東京には前にも度々来た事があるがさすがに新宿二丁目は初めて。朝でも(いや、朝だからこそ?)夜の妖し気な空気がまだ漂っている。何はともかく東京第一日目。スタッフとの再会を喜ぶ。そうしてる間に、桃井かおりさんが到着。「細い、白い、綺麗!」と押さえていた(?)ミーハー心が爆発寸前になる。しかし東京ロケから、内藤剛志さん、奥田瑛二さんに桃井かおりさんが加わり、絡むシーンが増えるので気が抜けない。全シーン台詞が即興なので、もちろんリハーサルなどはなしのぶっつけ本番。1シーンにかかる時間の予測はほぼ不可能。当たり前だが、どんなに長丁場でも監督のOKテイクが出るまでは集中力を保たなくてはいけない。
 それにしてもベテラン俳優さんの真に迫った演技は緊張感がありその場の空気の色を変える。即興の台詞だから余計にライブ感があるのだ。特に健と加代の対話シーンは加代のいじめっぷりが現場で観ていてハラハラするぐらい。でも完成した映画を観ると、それが「効いている」のがよくわかる。さすが、とため息。
12月26日
 スタジオシーンでの撮影後、スタッフはロケバスで京都に向かう。京都へ向かう道中、櫻井さんの撮影現場名幽霊話にスタッフ一同大盛り上がり。ロケバスの運転手さんも突然ライトを消すなど恐怖演出に余念がなく(?)何だか久々に修学旅行気分で盛り上がった。
12月27日
 朝6時45分の集合、京都のライブハウス「拾得」でのライブシーン撮影。大勢のエキストラに加えてライブの撮影、音声の撮影とあって、何回も、何十回も「チンチン・ブルース」が演奏される。ヴォーカルの桃井かおりさんはそれでもどのカットもテンションを落とす事無く、それどころか長時間の撮影に慣れていないエキストラを盛り上げるために度々ジョークも交えながら、テイクを重ねていく。女優ってすごいとしか形容できない。
12月28日
 翌日拾得の残り全シーンを撮り終え、新幹線で東京に向かう。内藤さんと奥田さんがそれぞれほかの仕事のために下車する名古屋駅までの時間を利用して、全メインキャストの新幹線のシーンを(内緒で)撮影。車掌さんがくるのを前後車両でチェック、オッケーの合図が出るとセーターでカモフラージュしていたカメラ、モニターを出し撮影開始。スリル満点の撮影だった。
12月30日
 加代のバー第二団。今回は映画評論家の河原畑さんも加わる。普段からこのバーの常連さんらしく、いい雰囲気を醸し出している。撮影が終わると、場所を変えて加代のバーの外階段の会話シーン。洋介の沖縄での階段といい、狭い階段の撮影に縁がある。今回は特に長い会話シーンとあって、照明さん、録音技師さん、監督、キャスト二人の前約1メートル、横の二メートル弱のスペースにスタッフがぎゅうぎゅうになっての極狭撮影だ。しかしシリアスな会話の途中、カメラを構えるガニオン監督のお腹の音が響いてスタッフ・キャスト一同大爆笑する一面も。無事今年最後の撮影が終わった。
elephant picture inc.